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新麦を通じて、人・食・農の 持続可能な未来に貢献する 【寄稿:NPO法人 新麦コレクション】

この投稿は、推進パートナーである「NPO法人 新麦コレクション」理事長・池田浩明様から、国産小麦を通じて、人・食・農の持続可能な未来に貢献する取組について、お寄せいただきました。


2024年5月、埼玉県ときがわ町の小麦畑で行われた飲食店様の見学会。
農薬化学肥料不使用の全粒粉「61 SIXTY-ONE」の原料となる農林61号の畑にて。

新麦コレクションとは

私たちは、全国の生産者、飲食店、流通業者、製粉会社など、小麦に関わる”職人”が集まった団体(コレクション)です。
持続可能なクラフトフードに、”地域”(ローカル)という切り口で取り組んでいます。
日本全国、意外とあなたのそばで栽培されている小麦。
すぐ畑を見に行けて、顔と顔の見える関係で生産者とつながり、生命力を感じることができる。
そんな小麦から食べ物を手作りする楽しさ、すばらしさを、新麦を通して伝えています。

新麦コレクションに参加する製粉会社・生産者の一覧

新麦とは、今年とれた小麦をすぐ製粉し、とれたて挽きたてのうちに味わうもの。
このプロジェクトは、小麦畑からはじまり、製粉、調理を経て私たちのところへと届く国産小麦というストーリーを知ってもらい、みんなで収穫をお祝いする”収穫祭”という意味合いがあります。
新麦は、各地域別に、ボジョレヌーボーのように解禁日が決まっています。
収穫は初夏、日本列島の西からはじまります。
8月10日に九州が解禁、その後東海、関東、東北と解禁し、北海道は10月20日。
桜前線のように新麦前線が北上します。
新麦で作ったパンや麺(うどん、ラーメン、パスタなど)、お菓子、ピッツァ、お好み焼き…。
これを機会に、この日本で育つおいしい小麦のことを知ってほしいと思っています。
自然とともに農家が育み、製粉し、運ぶ人がいて、熱い情熱ともに食べ物に変える職人たちがいることを。

分業化が進み、流通が発展したことで、誰がどんなふうに食べ物や素材を作ったのかもはやわからなくなってしまった現代。
農業や日々の食べ物についての無関心を、リアルな食体験に触れることで、ポジティブなものに変えていくことはできないでしょうか。
食料自給率の問題、耕作放棄地が増える一方で農業者が減り続けていること、気候変動の問題とも農業は切っても切り離せません。
新麦を食べるとき、身近にある小麦畑をみんなが想うことから、社会課題解決の一歩目がはじまるのではないか。
そんな希望を持っています。

2024年5月、埼玉県ときがわ町の小麦畑で行われた飲食店様の見学会。

小麦畑を訪れることで食の風景は変わりはじめた

小麦製品の加工を担う飲食店・加工業者でさえ、自分の商売道具の元である小麦畑を見たことのある人は まだまだ少ないかもしれません。
新麦コレクションの発足は2015年。
その少し前から、パンやラーメンなどを作る職人たちが、厨房を離れ、小麦畑を訪ねるようになったのです。
初夏、一面に広がる実りの風景を見、自然の中に身を置くことで、生産者の苦労に思いを馳せ、同じものづくりに携わる同士が共感しあうようになりました。
この感動を、食べ物として表現し、消費者に伝えたいと小麦畑を訪れるようになったシェフや料理人は誓うようになったのです。
いま国産小麦を使う飲食店は飛躍的に増えました。

小麦の穂と小麦をかたどったフランスのパン「エピ」©️Daisuke Kogo

国産小麦は海外産の小麦に比べごく狭い範囲の畑で生産されているため、その年の気候に左右されやすく、扱いがむずかしい側面があります。
反面、品種や生産地のちがうさまざまな銘柄が九州から北海道までそろっていて、それぞれ個性があり、多様な表現へと料理人を向かわせます。
一流の職人になればなるほど国産小麦を選択する傾向があるのは事実。
国産小麦を使ったパンや麺などを食べる機会も増え、以前よりも多くの方に国産小麦のおいしさを知っていただけるようになったのではないでしょうか。

2024年9月、東京・渋谷で行われた「麦フェス in Tokyo」での長蛇の列

九州から北海道まで全国を席巻する「麦フェス」

私たちの活動はさまざまです。
会員各店舗で新麦を使った商品を販売し、消費者の方に国産小麦のおいしさを知っていただく。
「製パン講習会」や「シンポジウム」などを通じ、国産小麦に関する技術や知識を共有し、もっとおいしい食べ物を提供していく。
収穫期に小麦畑を訪ねるツアーを行う。
さらに、消費者の方に国産小麦のすばらしさについて知っていただく機会として「麦フェス」というイベントを行っています。

麦フェスとは、パン、麺、お菓子、ピッツァ、お好み焼き…さまざまな職人たちがジャンルを超えて集い新麦から作られるフードを提供していく機会。
生産者も来場して取り組みを説明、消費者が小麦について知り、体験するきっかけを作っています。
2016年から同種のイベントを東京ではじめたのを皮切りに、2024年は福岡、東京、札幌と3カ所で行いました。

新麦解禁を祝って会員ベーカリーが思い思いに作ったエピ「新麦の穂」

九州産小麦ならではのおいしさを思い思いに表現

福岡では、福岡市の中心部・天神にある「パンストック」で2024年9月16日に開催され、九州及び山口県の人気ベーカリー13店舗、小麦生産者、製粉会社が来場。
毎年行う小麦畑のツアーなどを通じて出会い、小麦への思いを共有する仲間たちです。
福岡県や熊本県で収穫されたばかりの「ミナミノカオリ」「チクゴイズミ」を使ったパンは反響を呼び、長い行列ができました。
小麦畑への思いを表現するパンとして参加店舗が制作したのが「新麦の穂」(エピ)。
小麦の穂をかたどったフランス伝統のパンで、ベーコンを入れてベーコンエピにするのが日本では一般的ですが、想像をふくらませて思い思いのエピを作りました。
「ブーランジェリー・ド・ハリマヤ」(北九州市)や「マツパン」「モロパン」(ともに福岡市)は単一の生産者(熊本県菊池市のろのわ)の有機ミナミノカオリを100%で使用してテロワール(その土地ならではの風味)を表現。
熊本県阿蘇市の「コスギリゾート」は、阿蘇自然豚ベーコンと阿蘇健康農園のバジルペーストを包み、地産地消をアピール。
「ポンパン」(福岡県宮若市)はこの夏とれたトウモロコシ、「pois」(山口県下関市)は自宅の庭で採ったブルーベリーをジャムにして入れ、収穫の季節である夏を表現。
同じパン、同じ九州産小麦でも、発酵のちがいや店の個性によってまったく別のものになることは、クラフト(手作り)の一点ものである個人店の魅力を教えてくれていました。

「ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ」と「ピッツァヴァン」による薪窯ピッツァ

世界一のピザ職人や日本を代表するラーメン職人が国産小麦をアピール

東京では、9月29日に、渋谷駅に隣接してオープンした新施設「SHIBUYA SAKURA STAGE」にて開催、パン、ラーメン、ピッツァ、カフェと28店舗が出店しました。
ナポリピッツァ世界大会優勝者「ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ」が「ピッツァヴァン」とコラボ、薪窯を積んだキッチンカーで登場。
東京から車で1時間強の埼玉県小川町で農薬も化学肥料も不使用で栽培され挽きたてで届く埼玉県産全粒粉「61 SIXTY-ONE」をまとった生地に、白糠酪恵舎(北海道)の貴重なモッツァレラチーズとリコッタをのせた焼きたてのピッツァはほっぺたが落ちるおいしさでした。

2024年9月、「麦フェス in Tokyo」で「らぁ麺 飯田商店」が「365日」「ブラフベーカリー」とコラボで披露した「ワンパン麺」

あるいは、食べログラーメンランキング1位にも輝いた「らぁ麺 飯田商店」が人気ベーカリー「365日」「ブラフベーカリー」とコラボ、新麦ゆめかおり(茨城県パン小麦研究会産、前田食品製粉)を使用の坦々麺に、ワンタンの代わりに新麦パンをのせた「ワンパン麺」を提供。
ブラフベーカリーはその場で揚げて風船のようにふくらんだ「揚げワンパン」を。
中から具材のキノコとマルホン胡麻油の香りが湧き出して、坦々麺が味変するサプライズ。
365日はなんとラーメンの上にカレーパン。
もちもちの生地の中からカレーが飛び出すと、スパイスがさらに深く複雑になり坦々麺と見事なハーモニーを奏で、辛味と旨味と小麦の出会いは昇天するレベルでした。

2024年11月、札幌市の商業施設「大通ビッセ」で行われた「麦フェス in Hokkaido」にも長蛇の列

生産地で小麦のすばらしさを伝える

札幌では、11月24日、街のど真ん中の商業施設「大通ビッセ」にて開催しました。
なぜ私たちはここで麦フェスを行うのか。
北海道といえば国産小麦のシェア7割を占める大生産地。
それに加えて、北海道産小麦はパンもよくふくらみ、クリアでミルキーな甘さのある世界に誇れる小麦だと個人的に思っています。
にもかかわらず、北海道の人たちは、小麦があまりにもありふれているため、そんなすごい小麦が地元で育つことのすばらしさを実感していないというのです。
当日は地元産小麦からおいしいパンを作りあげる北海道のベーカリーが参加。
あるいは、小麦生産者(十勝の前田農産)や製粉会社(江別製粉)がそれぞれブースを受け持ち、自らの生産、製粉する小麦粉を使った本州や九州の大人気店が送り込んだパンを販売。
北海道ではめったに食べられないパンに長蛇の列ができ、北海道産小麦や北海道の生産者、製粉会社を、日本のパン屋さんがどれだけリスペクトしているかが可視化された形です。
「北海道産小麦のパンにこんなにポテンシャルがあると思わなかった」という感想が参加者からあがりました。

2024年9月、東京・渋谷「麦フェス in Tokyo」での販売風景

国産小麦の普及へと駆り立てる麦フェスの楽しさ

以下、全国3箇所で麦フェスを行った私の感想です。
普段は売り場に立たず製造に専念するオーナーシェフが販売を行い、自らお客様に商品を説明することも、小麦や地元産素材から食べ物を作り出す意義や楽しさを伝えていくのに大いに役立っています。
あるいは、言葉で語らなくても、ラーメンやピッツァをライブで、自店を離れた環境でわざわざ焼き上げるその行為自体が小麦のすばらしさを語っていたと思います。

2024年9月、「麦フェス in Tokyo」で「らぁ麺 飯田商店」飯田将太さん

パンや麺やピッツァは同じ小麦製品といえど、得意とする持ち場、射程が異なっています。
パンはポータブルなポケットフードなのでその場で食べるだけではなく、おみやげとして友人・知人にあげたり、家族とシェアして、翌日、翌々日まで小麦のすばらしさを伝えてくれます。
あつあつの麺やピッツァのすばらしさは逆に、その場限りで消えてしまうライブ感。
お客様はもちろん、スタッフや参加店舗もみんなで食べました。
小麦生産者も自らが作った小麦が麺へと昇華された極上の一杯を食べました。
立場やジャンルを超え、同じ場所で、ときには語り合いながら、おいしさやあたたかさを共有する。
楽しかった記憶は、いつまでも私たちの脳裏に強烈に残りつづけています。
「こんな楽しいことがあった」と誰かに伝えたくなるようなこと。
これを体験したみんなが、日本の小麦から食べ物を作ることのすばらしさを多くの人に伝えてくれたり、もしくは自ら国産小麦と積極的にかかわっていく。
そんなふうに、麦フェスの楽しい記憶によって働きかけられ、駆り立てられると思っています(理事長の僕自身が、そうして国産小麦を広めていく活動の深みにはまった人間)。
国産小麦の生産や消費をもっと拡大するために必要なことは、みんなが集い、体験をリアルで共有することなのではないかと確信し、僕はこの活動をつづけています。

2024年9月、「麦フェス in Fukuoka」で参加したパン屋さんの集合写真