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日本初、フランスパン専用の国産小麦でフランスパン!

2018年、日本で初めてフランスパンのために専用品種を選抜し、国産小麦100%でフランスパン専用小麦粉を開発された鳥越製粉様。1960年には、日本で最初にフランスパン専用の小麦粉「フランス印」を開発・発売して以来、業界でもフランスパンと言えば鳥越製粉様の名が真っ先に上がるほど、その普及に貢献されてきました。その後も、中堅ならではの機動力を活かして様々な新商品の開発に挑戦し、業界の最先端を走っておられます。

そもそも、日本で使用される小麦の約8割が海外から輸入されており、その種類はたった5種類しかないことをご存じでしょうか。しかし、日本で使用される小麦粉の用途は多岐にわたっており、実際に小麦粉製品としては数百種類以上あるそうです。この5種類の小麦から多様な小麦粉を作りだすため、日本の製粉技術は世界に比類ない進化を遂げてきました。

このような日本独自の小麦の製粉技術をベースとし、これまでにないフランスパン専用の国産小麦の開発がどのように行われたのか、ご紹介していきたいと思います。


時代を先取りした小麦粉開発への挑戦

まずは、鳥越製粉様が業界初として挑戦されてきた製品開発について、東京事務所所長の迫田 亮氏、研究開発部の堤 優介氏、第1営業部の植屋 幸太氏、福岡工場工場長の下寺 康博氏、製造部業務課の黒田 諭氏にお話をお聞きしました。

鳥越製粉株式会社
(右から)東京事務所所長 迫田 亮氏、研究開発部 堤 優介氏、第1営業部 植屋 幸太氏

【インタビュー内容】
当社は明治10年に創業した146年の歴史を持つ福岡発祥の企業で、お客様のニーズに合わせた様々な小麦粉の開発をしています。日本初のフランスパン専用の小麦粉に代表されるように、世の中にない商品を業界で初めて商品化するという挑戦を続けてきました。
最近の代表的な商品として、ブラン(小麦の外皮)を使った低糖質パン用ミックス粉(製品名:パンdeスマート)があります。開発のきっかけは、糖尿病患者の方々からの「美味しいパンを食べたい」というニッチなニーズでした。開発当初は、とても食べられる味ではありませんでしたが、改良を重ね続け、現在では他にない当社独自の製品となりました。糖質制限のダイエットブームも相まって、皆さんご存知のローソンのブランパンを始めとした小売店でも販売される商品になりました。

低糖質パン用ミックス粉『パンdeスマート』

また過去には、1960年に日本で初めてフランスパン専用小麦粉「フランス印」を発売しました。開発のきっかけは、パリ滞在中の当社役員がフランスパンの味に魅了されたことでしたが、地道な研究開発によって「フランス印」を完成させ、多くの人にフランスパンを知ってもらうために、様々な普及活動を行ってきました。その結果、1999年には今までの功績が認められ、フランス国政府より農事功労賞を授与されました。
このような、成功体験や日本初のフランスパン用の小麦粉を作り上げたという自負に加え、パン業界における国産小麦粉を使用したいという流れも相まって、今回のフランスパンに最適な国産のフランスパン専用小麦(国産小麦の新たな品種及び小麦粉製品)の開発をスタートしました。

(左)フランスパン専用小麦粉「フランス印」
(右)フランス国政府より授与された農業功労賞

新しい小麦の品種を開発し、安定的に生産し、国産のフランスパン専用小麦粉を世の中に広めることは、本当に大変でした。ですが、これまでの開発ノウハウを存分に生かし、味・香りに自信を持てる「さちかおり」を完成させることができました。この「さちかおり」は『パンの香り(かおり)に溢れ、幸(さち)豊かな食卓が日本中に拡がる』ことを願い名付けられました。
このように新たな挑戦に一早く取組み、お客様のニーズに応え、商品の良さを地道に伝えることにより、多くの方に受け入れられると考えて、努力を積み重ねています。

国産小麦「さちかおり」!フランスパン用小麦の開発秘話

では、国産のフランスパン専用小麦の開発がどのように行われてきたのか、品種開発から安定生産、発売までの取組についてお聞きしました。

1.フランスパンにこだわった新たな品種との出会い

【インタビュー内容】
ここ20年、パン業界全体での国産小麦に対する市場の変化に伴い、当社も一番市場が大きい食パン用小麦粉の国産化を進めてきました。一方、フランスパンについては、外国産小麦が主体の小麦粉を販売していました。理由は、既存の国産小麦では、フランスパン独特の味、香り、食感が不十分だったためです。特にフランスパンは、噛んだ時の旨味、甘み、香りが重要です。それらを国産小麦で実現するためには、新たな品種の開発から行う必要があり、さらには、それらをうまくまとめあげる製粉技術や配合ノウハウが不可欠でした。そのため、フランスパンに最適な新しい小麦粉を作ることは、気が遠くなるような開発でした。

一般的に小麦の品種開発は、農業・食品産業技術総合研究機構などと連携して進めます。しかし、そのほとんどは市場の大きい食パンに対する品種開発で、途中で消えていく品種が数多くあります。そのため、フランスパン用の小麦の品種開発では、育成されたパン用小麦の中からいくつか候補を選び、さらにその中から選ばれた小麦の品質試験やフランスパン特性の評価を行うことで、選抜を進めました。小麦の品種開発は1、2年の短いスパンで評価することは難しく、中長期的な視点で行う覚悟が必要です。小麦の作付は、JAさがの協力のもと、佐賀県の一部地域で行い、毎年できた小麦から作ったフランスパンをお客様に試食をしてもらったり、大学で味の科学的な評価を行ったり、様々なテストをクリアした品種から最適な小麦を選びます。
この結果、当社はフランスパンに適した新たな国産小麦の品種「さちかおり」の開発に成功しました。フランスパン焼成試験における官能評価において、「さちかおり」は一般的な外国産小麦主体のフランスパン用小麦粉と比較しても、品質や香り、味覚などにおいて遜色ない製品に仕上がりました。

「さちかおり」を使用したフランスパンの断面

2. 「さちかおり」を食卓へ

【インタビュー内容】
一方で、新しい小麦の品種を開発しても、安定的に生産ができなければ、新たな小麦粉として売り出すことはできません。栽培方法によって質や収穫量が大きく変わるため、佐賀県の生産者の方々とも試行錯誤をしながら安定的な生産に向けて取組んでいます。具体的には、生産地で研修会を実施し、実際に工場で受け入れた小麦の成分がどうだったか、それが最終製品であるフランスパンにどのような影響があるか、実際にフランスパンを試食してもらいながら生産者と共有しています。同時に、生産者からも天候や生産状況に関する情報を共有してもらい、高品質な小麦生産に向けて注意すべき点などの意見交換を行っています。さらに、オフシーズンには生産者の方々に当社の工場に来てもらい、実際に小麦から小麦粉に加工される工程を体感していただくなど、高品質な小麦から高品質な小麦粉を生産し、高品質なフランスパンができるように相互理解を深める取組を実施しています。このように、全て自分たちで評価を行い、その結果を生産者にフィードバックすることで翌年の生産に繋げてもらう、ということを毎年繰り返し、安定生産に向けた品質向上への取組を行っています。

(左)生産者との研修会、(右)展示会に「さちかおり」を出展したときの様子

しかし、安定的に生産するためには、様々な問題も存在しています。まず、小麦の生産で最も難しいことは、収穫期が6月の梅雨時期であるということです。実は、収穫時期に小麦の穂に雨があたると、小麦は発芽してしまい、栄養分が分解されてしまいます。この小麦から作られたパンは、とても品質が低下し、見た目も悪くあまりおいしくありません。そのため、高品質の小麦が収穫できるよう、収穫時期の天候にはとても敏感になっています。また、その年に生産された小麦は、もし品質にばらつきがあったとしても製粉メーカーが生産者から全量を引き取ります。例え品質が基準に満たない場合であっても、原料である小麦を分析後、小麦粉として品質が一定になるようにブレンドし、いかに無駄なく使いきるかが当社の腕の見せ所です。その他、生産を始めたばかりの生産量が少ない時期であっても、販売先を確保しなければならないなど、新しい小麦を世に出すまでに様々な苦労がありました。

これらの問題をクリアして安定生産を実現したとしても、「さちかおり」を知ってもらい、消費者に購入してもらうことが重要です。ブランドイメージを高めるには時間が掛かりますが、生産者が「さちかおり」を生産することに誇りを持ち、多くの消費者に届ける喜びを共有できるよう、根気強く取組んでいます。

3. パン職人から大絶賛!

【インタビュー内容】
パン業界で国産小麦というと、まずブランドイメージの強い北海道産の小麦の小麦粉から使ってみるということが多いです。しかし、九州の佐賀県で生産された小麦である「さちかおり」は、このような慣習を打ち破り、誰が食べても明らかに美味しさの違いが分かるフランスパンを作ることができる自信があります。寒冷地である北海道の春小麦と異なり、暖地で生産する冬小麦はフランスパンに求められる風香味を持ち、相性がよいとされます。生産者の方々も、高品質な「さちかおり」を生産することに対してとても意識が高く、研修会を実施すれば生産に関わるほぼ全員が参加するほどです。そのため、まずは、この美味しさをより多くの消費者に知ってもらえるよう、国産小麦であるということだけでなく、フランスパンの本格的な味や香りを届ける活動を行っています。

「さちかおり」のフランスパン

実際に、「さちかおり」のフランスパンを展示会で試食していただいたところ、パン職人の方々から非常に高い評価をいただきました。今後も、「さちかおり」を使用したパンを多くの消費者の皆様へお届けできるよう、「さちかおり」の魅力を地道に伝え続け、「さちかおり」というブランドを知ったうえで手に取ってもらえるように、取組んでいきたいと思います。

ベーカリーと消費者にもっと満足してもらうために・・・

フランスパン専用の国産小麦「さちかおり」をはじめ、これまで様々な挑戦をしてきた鳥越製粉様に、今後の展望についてお聞きしました。

「さちかおり」の出穂期の様子

【インタビュー内容】
まずは、この「さちかおり」を使用した製品をより多くの方々に味わってもらえるよう、継続して販売や普及に向けた取組を実施していきたいです。今年の春には「さちかおり」セミナーを実施しました。当社としてこのようなセミナーを開催するのは初めてでしたが、当社の国産小麦における取組や、「さちかおり」の開発からの取組等を通じて、当社の想いを伝えることができました。参加者からは味・品質を評価していただいただけでなく、「さちかおり」のストーリーにも共感いただいたと感じています。継続して「さちかおり」を使用してもらうには、このような対面で意見交換できる機会も重要だと改めて感じました。

私達自身も初めて「さちかおり」を食べた際の感動が忘れられず、同じ想いを沢山の方に感じてもらいたいと強く思っています。これまでは、「国産小麦」というだけで使ってもらえることもありましたが、「さちかおり」は美味しさに自信がある小麦粉なので、多くの消費者に国産の素晴らしさを伝えらえるのではないかと考えています。さらにパン職人の方々に「さちかおり」への愛着を持ってもらうことができれば、「さちかおり」の美味しいパンを消費者の方々に末永く味わってもらえると思っています。そのため、美味しさに加えて、品種開発から販売に至るまでのストーリーについても積極的に伝えていきたいです。

これまでに挑戦してきたブランを使った低糖質パン用ミックス粉「パンdeスマート」や国産小麦のフランスパン専用小麦粉「さちかおり」の開発における成果、そしてそこから生まれたブランドを大切にしつつ、当社の強みを生かした新しい挑戦を続けていきます。当社が業界に先駆けて初めて開発した商品は数多くありますが、日の目を見ない時期が長期間に渡ることもあります。新たな研究開発は難しく、どの程度、いつ軌道に乗るのかは誰にも分かりません。しかし、これまでの経験をもとに、改良や製品の良さを伝える地道な活動を継続していくことで、得意先や消費者に受け入れられ、新しい生活や文化を創造していくことができると考えています。これは、大手には真似できない我々だけの価値であると確信しています。

小麦の製粉技術については、こちらの記事も是非ご覧ください。