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わさびが食べられなくなる⁉「わさび×テクノロジー」で日本の食文化を世界に伝えたい

「環境問題や農家の高齢化が原因となり、世界に誇る日本の食文化が失われつつある現状に危機感を感じた」との想いから、モバイル農業を社会実装することを企業ミッションに活動されている株式会社NEXTAGE(ネクステージ)様。

わさびは大変繊細で栽培が難しく、国内生産量が年々減少しています。なかでも高い品質を誇りながら、通常のわさびよりも生育期間が長く、希少とされるのが『真妻わさび』。この真妻わさびをこれから先の未来において日本、そして世界へと提供し続けるために、テクノロジーを駆使したわさびの人工栽培技術の開発を進めています。実装がスタートした今も、さらなる安定栽培の実現に向け、パートナー企業と連携しながら日本の食文化継承と発展に寄与しつづけられるよう、挑戦を続けています。

今回はニッポンフードシフト推進パートナーの次世代農業を担う革新的な取組について紹介します。


農業の発展と日本食文化の継承を目指して立ち上がる

社会課題を解決する取組を事業化したいとの思いを実現するべく創業した、株式会社NEXTAGE様。日本の伝統的な食文化であり、健康や医療などさまざまな分野においても可能性を持つ「わさび」に注目。農業にもわさびにもこれまで全く関わったことはなく、ゼロからわさび栽培モジュールを創り上げてこられました。今回は、実装に向けて動き出したわさびの自動栽培の取組について代表取締役の中村拓也氏にお話を伺いしました。

株式会社NEXTAGE
代表取締役
中村 拓也氏

【インタビュー内容】
当社は、2018年に創業した会社です。創業以前は、企業にシステムを導入するプロデューサー的な仕事をしていましたが、もともと衣食住に関われたらいいな、という漠然としたイメージを持っていました。会社を創業するにあたっては「社会課題を解決する取組を行いたい」と考え、大学時代の恩師から言われた「持続性社会」「技術伝承」「教育」をキーワードに検討を重ねた結果、農業の発展と文化の継承に取組みたいと考えるようになりました。そして、植物工場でのわさび栽培へとたどり着き、食への取組を開始しました。

わさびは、主食ではありません。でも、日本の食文化において、間違いなく重要な役割を担っています。さらに、海外からの注目度もどんどん高くなっている。そんなわさびの国内生産量が、年々減少しているんです。
もともと私自身が長野県に縁があったこともあり、わさび田を目にする機会が多くありました。長野には綺麗な流水の水場がありますが、その隣には必ずわさび田がある。そうした風景を間近に見ていたので「最近、昔ながらの緑豊かなわさび田の風景が失われつつある」ということは肌で感じていました。
わさび田は山間部にありますから、災害の影響を受けやすく、大きな台風があると倒木などで、わさび田まで行く手段すらなくなってしまいます。また、水源が土で埋もれると水が湧き出てこなくなり、最終的にはわさびが枯れてしまう、ということもあります。

こうした状況を目の当たりにしたことで、このままでは日本でわさびが作れなくなってしまうかもしれない、日本の食文化を伝える手段の一つがなくなってしまうかもしれない、という危機感を覚えました。大切な日本の食文化を守り、国内のみならず世界にもわさびを届けたいとの思いに駆られ、「何とかして、この状況を打開しなければ!」と動き出したのが最初のきっかけでした。
そこから、本格的に自分がわさびの新たな栽培方法を作ろうと考えはじめたのです。

わさび田の風景

画期的な栽培方法から、日本食には欠かせない本物のわさびを守る取組

誰でも、どこでもわさびが栽培できる!「わさび栽培モジュール」について、お聞きしました。

1.繊細なわさび栽培の完全自動化を実現するために

【インタビュー内容】
新しい手段でわさびを栽培するために、まずはわさびの栽培方法についてしっかりと理解することから始めました。まず取組んだのは、情報収集です。わさびの栽培方法なんて、正直なところ全くわからない状態で、「なにから始めよう?」となりますよね。当時はただ、わさび田を見たことがあるだけの状態で、農学の勉強をしたこともないですし、もちろんわさびを育てたこともありません。そこで、まずはわさびの栽培に関する論文を読み漁ることから始めました。幸いなことに、日本では色々な大学で、わさび栽培に関する研究がされており、たくさん論文がありました。まずは、それらを参考に知ることから始めたんです。

そして、情報収集をしたあとは、わさび見学ツアーに参加するなど、とにかく現地に足を運びどんどんアクションを起こしていきました。生産者のみなさんは、たくさんの経験や知識、情報から、それぞれのベストな方法でわさびを栽培しています。それを全部教えてくださいとはいきませんから、私もベースとなる知識を学びながら、現地で直接見て「こういう仕組みを採用しているのは、こんな意味があるんだろうな」などと想像しながら、一つひとつ読み解いて、開発中のわさび栽培装置に置き換えていきました。当時のオフィスで、自分なりに「こんな風にすれば屋内でも栽培が可能になるのではないか」と想像し、まずはDIYで装置を作り、屋内でわさびを育てたこともあります。今思えば、この屋内でのチャレンジがすべての始まりでした。

わさび見学ツアー(左)とDIY装置で室内栽培に挑戦する様子(右)

開発に着手した当初は、生産者の方に栽培の仕組みを教えて欲しいとお願いしたこともありましたが、当然ながら非常に警戒されてしまいます。天然でわさびを育てている方たちにとって、人工的にどんどん栽培ができるようになってしまうことは脅威になる可能性もあるからです。そうではなく、日本の食文化を守るために取組んでいることを伝え、とにかく足を運んで、通って、連絡を重ねてと、信頼を少しずつ得ながら関係を構築していきました。生産者のなかには、このままではわさび文化を継承していくことに難しさを感じている方もいます。わさびを届けるべきところに届けられていないことや、海外にもチャンスがあるのにそれを逃している現状に課題を感じ、共感してくださる方もいらっしゃいます。こうした方たちには、今でも継続してアドバイスをいただいています。

わさび生産者との様子

実はわさびの屋内栽培については多くの論文があり、大学や企業でこれまでにたくさんの研究が行われてきました。では、なぜ商業化されなかったのか。それはおそらく、わさびは栽培期間が長く、収穫できるように育つまでに約1年以上かかるため、検証に時間が掛かってしまうという点が大きな要因ではないかと考えています。多くの研究は1年を一つの区切りとして評価をする必要があり、わさびのように開発の検証期間が長いと、1年で結果を出すのは難しく、開発が継続できないというケースも多いんです。そこで、私たちは開発タスクを細かく管理、優先順位を付けて、少しずつでも研究開発を続けるということを大切に、4年間継続してきました。なんとなく方向性が見えてきたのは、2年目を経過してくらいからでしたが、それが今、少しずつ形になってきていると感じています。

2.「誰でも」「どこでも」わさびが栽培できる夢のモジュールが完成!

【インタビュー内容】
DIYからスタートしたわさび栽培モジュールでしたが、試行錯誤しながら、現在の40フィートの保冷用コンテナをベースとした屋内栽培の形にたどり着きました。この40フィートコンテナでは、わさび栽培をほぼ完全自動化することを目指しています。ようやく、誰でも、どこでもわさびの栽培ができる環境を提供することが可能なスタート地点にたどり着きました。最初は栽培方法として、屋外、ハウス、屋内の3つの選択肢がありましたが、多くの検討を重ねた結果、わさびの栽培にとって最適な環境は屋内だ、となったのです。屋内は環境管理がしにくそうなイメージがあるかもしれませんが、実は管理しやすいんです。例えば、わさびを育てるためにはたくさんの水が必要ですが、コンテナで栽培すれば水を循環させることができます。水に依存しすぎずに、わさびを育てられるというのは大きなメリットだと感じています。

40フィートコンテナを利用したわさび栽培モジュール

現在のモジュールでは、わさびの促成栽培を実現するため10カ月で50グラムまで生育させるという目標値を設定し、1,800株のわさびが植えられる栽培棚を設置しています。この「40フィートコンテナの栽培棚に1,800株のわさびを植える」というのが本当に大変でした。栽培棚の構造や設計を何度も繰り返し検証し、棚の高さや葉同士の距離、LEDの波長の選定や距離など、事業性も考慮したうえで効率よく栽培できるよう、何度も検証を繰り返しました。
またコンテナ内は、手前に準備室、奥に栽培室という配置で、一度株を植えたら栽培室には極力入らなくていいようになっています。というのも、わさびの病気リスクは、ほぼ人間が持ち込んだ菌が原因とされており、コンテナ内での栽培がゆえに、一度でも菌が持ち込まれるとあっという間に蔓延してしまうというリスクがあるので、リスクを極力減らすためにもこういった設計にしています。ただ、わさびの栽培には剪定という作業が必要なので、どうしても2週間に1回くらいは必ず人が入って作業をしなければなりません。
では、栽培室を無菌室にすればよいのでは?ということもありますが、「誰でも、どこでもわさびが作れる」というコンセプトの下では、それは非現実的。多くの方がより気軽に装置の導入を検討しやすくすることが重要なので、あえてコンテナを採用しています。そのほうが、事業性の担保もしやすいということがあります。いくら立派で高機能でも、作り手がとても手を出せないような価格や規模の装置では、事業性につながらないだけでなく、元々の目的であるわさび栽培の浸透にもつながりません。そのため、まずは「誰でも、どこでもわさびが作れる」という文化を浸透させることが、私たちにとっての一歩であり、現在のモジュールはそれにふさわしいと思っています。本来であれば完全自動栽培が理想ではありますが、現状ではそうすると装置の価格も上がってしまい、「このくらいなら、やってみよう」とは、なかなかなりませんよね。そのあたりのバランスを見極めながら、少しずつ進めています。

わさび栽培モジュール内部の様子

無限の可能性を秘めた「わさび」の価値創出に向けた展開

食用以外にも医療や健康分野でも注目を集めているわさびの価値創出における、今後の展望についてお聞きしました。

【インタビュー内容】
私たちのミッションは「わさび農家を増やし、栽培環境を増やす」ということです。そのためにはいつでも、どこでも、誰でも一定以上の品質のわさびが作れるモジュールを完成させることが欠かせないと考えています。それと並行して、栽培の栄養素となる溶液についても開発を行っています。わさび専用の溶液を作って、再現性がより高く、安定した促成栽培を実現したいと思っています。わさびはずっと水に浸かっていますから、このわさびの栄養素となる溶液部分も大変重要だと思います。

私たちは真妻わさびという在来種を取り扱っているのですが、この真妻わさびの自動栽培の取組に対して、ある農家さんが「真妻わさびがコンテナで栽培できるなら、脅威というより寄り添うべきだ。正しいわさびがちゃんと作れて、それを日本中、そして海外の方にも届けられるなら、応援すべきだ」と言ってくださったんです。真妻わさびというのは栽培期間が長く、夏を2回超える必要がある品種です。わさび栽培の難所である夏、しかも猛暑を2回も超えることができる、さらに促成栽培すると味が薄くなったりと弊害もあるはずなのに、品質を損なうことなく収穫まで一貫してコンテナでできてしまう。実際に農家さんに実食していただいたときにも「もうしょうがない、任せるしかない」と忘れることができない言葉を言っていただき、味や品質に関しても問題ないわさびが出来上がっています。

モジュールで栽培されている「真妻わさび」

当社に出資している株式会社マクニカさんからも、我々の取組に対して非常に高く評価していただいています。海外から、毎日のように日本のわさびを「調達したい、入手したい」と連絡があるのに届けることができていないという現状がある中、これを打破できる可能性がこのモジュールにはあるというポテンシャルに期待していただいています。
実は、わさび栽培モジュールの導入に関するプレスリリースを出すと、新たに2社の導入が決まったんです。当社はまだまだ小さな会社ではありますが、自分たちの事業の可能性は未知数だと改めて感じました。食品メーカーに限らず、空き拠点を持つ企業が新規事業として検討してくれているケースも多く、これから我々が世界で展開するときに協力したいと言ってくださる企業もいて、注目度が高いことを実感しています。わさびには健康や医療など、さまざまな事業に展開できる可能性がありますが、まずはしっかりと食用としてのわさびの可能性を国内で引き出していきたいです。デジタルで栽培環境を管理しているので、今後はこれまでのデータを用いて味や大きさなど、色々なことをコントロールできるようになります。また、わさびの成分には、国内外からも注目が集まっていますから、海外規模のマーケットを見据えて動いていきたいですね。そして、このわさび栽培モジュールから日本が誇るわさび文化と本物のわさびを後世に残していけるよう、今後も取組んでいきたいです。

デジタルを駆使した栽培管理のイメージ